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大阪地方裁判所 昭和46年(手ワ)516号 判決

原告 柿本正也

右訴訟代理人弁護士 吉川覺

被告 日本バイアス工業所こと 星山虎雄

右訴訟代理人弁護士 高島照夫

同 熊谷尚之

主文

被告は原告に対し、金五〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四五年一〇月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告

主文同旨。

二、被告

1.原告の請求を棄却する。

2.訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一、請求原因

1.原告は、別紙手形目録表示のとおりの約束手形一通を所持している。

2.被告は、拒絶証書作成義務を免除して右手形を裏書した。

3.原告は、右手形を満期の日に支払場所で支払のため呈示したが、支払を拒絶された。

4.よって原告は被告に対し、右手形金元本金五〇〇、〇〇〇円とこれに対する満期の日の翌日である昭和四五年一〇月二一日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

請求原因事実1.2は認め、3は否認する。原告主張の支払呈示は、原告が依頼返却を受けたことにより撤回されたから、支払呈示および支払拒絶はなかった。

三、仮定的抗弁

仮に原告主張の支払呈示および支払拒絶の事実が認められるとしても

1.(原因債権消滅)

本件手形は、被告の原告に対する機械修繕代金債務金一、二〇一、七〇〇円の一部金五〇〇、〇〇〇円の支払のために被告から原告宛裏書譲渡したものであるが、原告は昭和四六年二月七日被告から金六〇〇、〇〇〇円の弁済を受けると共に、被告に対し右代金債務残額全部を免除する旨の意思表示をした。

2.(相殺)

(イ)原告は、原告主張の支払拒絶のあったことを手形法第七七条第一項第四号、第四五条第一項所定の期間内に被告に通知すべき義務があるのにかかわらず、不注意により右通知を怠った。

(ロ)そのため被告は、被告の前者である裏書人らおよび振出人に対する遡求権行使の時期を失し、その間に右振出人(訴外株式会社三ツ星)の資産状態が悪化して取引銀行との当座取引も解約されたため、被告は右振出人から本件手形金の償還を受けられなくなり、右手形金相当額の損害を蒙った。

(ハ)そこで被告は、昭和四七年二月二八日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、右損害賠償請求権をもって原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四、抗弁に対する答弁

抗弁事実は否認する。原告は被告に対し、被告主張の修繕代金債務のうち、本件手形金債権相当額を除いた金七〇一、七〇〇円のうちの金一〇一、七〇〇円についてのみ、債務免除の意思表示をしたものである。

抗弁事実2の(イ)、(ロ)は否認する。原告は、本件手形の満期の日である昭和四五年一〇月二〇日ないし同月二二日の三日間にわたり、被告に対し電話で本件手形の支払が拒絶されたことを通知した。

第三証拠〈省略〉

理由

一、請求原因事実のうち、原告が原告主張の約束手形一通(以下本件手形という)を所持していること、被告が拒絶証書作成義務を免除して本件手形を裏書したことは何れも当事者間に争いがない。

二、被告は支払呈示および支払拒絶のあったことを争うのでこの点につき判断するに、〈証拠〉を併せ考えると、原告は、取引銀行を通じて、本件手形をその満期の日である昭和四五年一〇月二〇日、手形交換所において支払場所(支払担当者)たる大阪銀行淡路町支店に支払呈示したが、本件手形の振出人である訴外株式会社三ツ星の懇請により、一旦支払呈示した本件手形のいわゆる依頼返却を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被告は、原告が右いわゆる依頼返却を受けたことにより支払呈示従って又支払拒絶が撤回されたことになり、遡求権保全の要件を満さないと主張するが、右にいわゆる依頼返却は、唯単に約束手形の振出人(或は為替手形の引受人、小切手の振出人)をして不渡処分を免れしめるため、手形(小切手)持出銀行の依頼により受入銀行から当該手形(小切手)の返還を受けるものであって、一旦適法になされた支払呈示および支払拒絶の効果を覆滅させるものではないと解するのが相当である(最高裁昭和三二年七月一九日判決。民集一一巻七号一二九七頁参照)。

したがって原告主張の支払呈示は適法であり、原告が支払を受けられなかったことも前認定のとおりであるから、ここに遡求権保全の要件は満されたものというべきである。

三、そこで抗弁について判断する。

(1)抗弁1について

被告は、原告が本件手形債権の原因関係である被告の原告に対する機械修繕代金債務を免除する旨の意思表示をしたと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、反って〈証拠〉を併せ考えると、原告が被告に対し債務免除の意思表示をしたのは、被告主張の修繕代金債務のうち本件手形金相当額を除いた残額金七〇一、七〇〇円のうちの金一〇一、七〇〇円についてのみであって、本件手形金相当額の金五〇〇、〇〇〇円の債務については免除の対象外であったことが認められる。

(2)抗弁2について

イ、支払拒絶の通知懈怠の点につき、〈証拠〉を綜合すれば、原告は、前認定のとおり、本件手形の呈示後、振出人である訴外株式会社三ツ星の懇請により本件手形のいわゆる依頼返却を受けたが、右事実(したがってまた支払拒絶の事実)を法定の期間内に被告に通知することを失念し、被告は本件訴状の送達を受けて(それが昭和四六年四月一〇日であることは記録上明らかである)はじめて右支払呈示ならびに支払拒絶の事実を知ったことが認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、被告本人尋問の結果(第二回)にてらしたやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、手形法第七七条第一項第四号、第四五条第六項により、原告は被告に対し、右通知義務を怠ったことにより被告の蒙った損害を賠償すべき義務がある。

ロ、進んで損害の点について検討する。被告は、原告が支払拒絶の通知を懈怠している間に本件手形の振出人である訴外株式会社三ツ星の資産状態が悪化して償還を受けることができなくなった旨主張するが、被告の右主張は裏書人たる被告が遡求義務を履行して手形を受戻した場合に取得すべき再遡求権が、振出人の資産状態悪化により経済的に無価値になったことをいう趣旨と解されるところ、被告が未だ遡求義務を履行していないことは被告の自陳するところであるから、被告の右主張はその前提を欠くものとして主張自体失当といわざるを得ない。従って被告主張の相殺の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四、よって原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大東一雄)

〈以下省略〉

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